意外にも幸福論にかなりのViewついてる 完結編です。

正直びっくりしています。あくまでも私の幸福論にご賛同、共鳴に感謝します。

「般若心経」という、あまりなじみのないものに。幸いなことにNHKが放送。

(※NHKが赤だとかは本論と関係はありませんのでスルーします)

これを言いたかったのを、各ページから引用しておきました。

私が見てきたモノが、死。よく見てきました。自然と手を合わせる自分。

院内では私しか見ていない(他の患者がいない)所で、すっと合掌。

人とはかくありたい。そう思って合掌は終了し、平素な夜を過ごしました。

私の前にベッドは帰天された(カトリック語)次のベッドでした。死です。

考えたことありますか? 死です。

私は泣いている看護婦さんへ。

「これは仏様に国へ行く産みの苦しみ、今の陣痛は長くはなく、陣痛には耐えて欲しい」

涙を拭って彼女たちは仕事へ戻って行きました。

「聖書?」と聞かれたので(耶蘇扱いになりました。ちょっと一目)

「人生、何でも良いねん」

と回答すると笑われました。こうして仕事に戻ってゆきました。

私は死の上で眠りました。生きることになりました。

帰天。良い言葉です。(ちょっとファンタスティック、病院でお経はまずかろう)

私の幸福論につながるのが「死」。ある人が消えてゆく(その後は知らない)

 人は本当に死にます。

「人は老いて、病て、やがて死ぬべき運命を持つので、人は泣いて生まれてくるのだ、」と

ゲーテだったかな、当然最初の呼吸なのですが、こういう捉え方もありかな、と)

今、半額だったパック野菜を食べています。半額でした、ドレッシング扱いに間違える。

良い日常じゃないですか? (半額でっせ)

空にある大きな幸福はありません。小さな幸福の積み重ね。

 ところで「やみつきになる塩味」って一体何なんですかね? リケンのバカッ。

一緒に買ってきたセイコマ(北海道の基本)で買ったぬるいジュース。

ここから何を学べますか? リケンがしょっぱい。人生もしょっぱい。

我々は地の塩なり。塩が塩でなければ、ただの粉はうち捨てられる。

(聖書のどっかの引用。山上の垂訓かな?)我々はしょっぱい人生の中で小さく幸福。

空の星には届かない。しょっぱい人生に小さく埋めてゆく幸福。

 次はセイコマのパチモンコーラに挑戦します。(パチモノLove)

塩というモノは決して人間には作れません。(砂糖は別)

安いジュースは韓国製。細かいことは気にしない。あっちの国もジュース。

しょっぱい人生は万国共通。ところでちゃんと冷やしておいてください。

やはり物書きには甘いもの。韓国製万歳ですよ。太陽の下には

皆平等です。

ぬるいっ。まぁ万国共通。同じ日の光の下に。まだ死んでいません。

コーラがぬるいっ。まぁそんな日もある。今日この頃。

パチモノ(時計)に説明書がない(業者の手違いでました)

中国めっ。まぁ笑って終わりですね。

上でも下でもなく、今を生きるのみ。

韓国と中国はなかなか侮れない(笑)

ご飯がおいしかった、ぐっすり眠った。また朝が来る

それが幸福です。ただそれだけ。