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ミュシャ展

大エルミタージュのヒルズからは反対側ですが、巨大な蜘蛛のあるウッドデッキからエスカレーターをふたつ降りて地上に出ると、割とすぐ行ける。(余計なところを曲がって出てきたとこに戻っちゃったけど素直にいけばちゃんと行けます)

いつもの反対側の方から国立新美術館に入ったので入り口までは周りの庭の部分を歩きます。木が全部草間カラー。

日曜の6時前に入場ということでスラブ叙事詩、じっくり見ることが出来ました。

音声ガイド借りてよかった。何も知らずに見てたら見落としていたポイントが多々ありました。そして双眼鏡持っていってよかった。足場が組まれている右上に立っている女性が松明を右手に持って火薬に火をつけようとしているのが見えます、とか眼の見えないおじいさんの手を取り、はじめてスラブの言葉で書かれた聖書を読んであげている若者は、若い頃のミュシャ自身がモデルと言われています、などなど。なにしろ絵が大きい。右上見るのになかなか右まで行ってなれませんから。

そして双眼鏡で見ていくとはじの方の人まで細かく気を配ってデッサンされて、目の動きまで書き分けられているのがわかりました。正面を見つめる人だけではなく不安そうに横目の人、見つめ合う目などなど。

アールヌーボーの作品はサラベルナールのジスモンダ、ハムレット、メディアなど一連のものや四つの花(カーネーションが好み)四芸術(やはりダンスでしょう)そして黄道十二宮ゾディアックなど今回は1部屋だけです。神戸からなのでアルフォンスミュシャ館からの出展にかな。

そしてアメリカに渡り肖像画を手がけたりするうちに写実度が高まって万博のボスニアヘルツェゴビナ館の装飾などを手がける中で次第に祖国に帰ること、そしてスラブ叙事詩の構想が浮かんでいく。

苦労して描き続けたスラブ叙事詩は絵画の潮流や政局の変化で飾るところもないまま。そしてミュシャ自身はナチス侵攻でゲシュタポに逮捕後体調を崩して命を落とす。スラブ叙事詩が国外で初の展示というのも大きさもあるけどようやく再評価される時代になったという感。

若冲が自分の絵がわかる人がいてくれる1,000年後の人のために書くみたいな事と何かつながるように思う。

ゴールデンウィーク中は夜8時まで開館。檀れいさんの音声ガイドを二周して閉館近くは物販コーナーもぎょうれつなしでした。ポスターがなかったのが残念ですが。

http://www.nact.jp/exhibition_special/2016/alfons-mucha/