尾崎豊の『ホワイトアルバム』と『14歳の地図』

 尾崎豊の死後発売されたアルバムのうちで、重要度の高い作品が二点ある。

 一つ目は、一般的に『ホワイトアルバム』と呼ばれている作品で、アーティスト名は「尾崎豊」で、アルバムタイトルは存在しない。アマゾンでは『無題』としている。アルバムジャケットは池田満寿夫によるもので、池田満寿夫自身も1997年3月8日に鬼籍に入った。アルバム発売は、1996年3月27日で、レーベル(発売元)はTRANSBEAT(?トランスビート・マスタートラックス)、販売元はビクターエンターテイメント?となっている。デビュー前に自宅や小さなスタジオで録音されたオリジナル曲を、マスタリング、CD化したものである。

https://www.amazon.co.jp/%E7%84%A1%E9%A1%8C-%E5%B0%BE%E5%B4%8E%E8%B1%8A/dp/B00005N354/ref=pd_sim_15_4?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=VK6PBQ5G5YMVXQSAR1QD

 二つ目は、『14歳の地図』で、アーティスト名は「ASAKADAN」となっている。そのボーカルは、中学生当時の尾崎豊である。このアルバムには、当時の人気アーティストの曲をバンド「ASAKADAN」、ヴォーカル尾崎豊がカバーしたものが収録されており、うち2曲はASAKADANのオリジナル曲となっている。憂歌団の曲も収録されているが、この「憂歌団」と、当時尾崎豊の住んでいた埼玉県朝霞市を掛けたバンド名が「ASAKADAN」のようである。おそらくは、「憂歌団」の「憂」を「夕」と読み替えて「朝歌団」なのだろう。ひょっとすると「朝花壇」なのかもしれない。アルバム発売は、1998年2月10日で、レーベル(発売元)は?クリエイトジャパン。

https://www.amazon.co.jp/%EF%BC%91%EF%BC%94%E6%AD%B3%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%9B%B3-ASAKADAN-FOURTEENS-MAP/dp/B004S4BFIK/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1491729326&sr=1-1&keywords=%EF%BC%91%EF%BC%94%E6%AD%B3%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%9B%B3

 かつて、自分は『尾崎豊がこの世にいない現在、ファンには3つの選択肢しかない。過去に既に発表された尾崎作品を繰り返し聞くか、ライブ録音等の未発表音源の発表を待ち続けるか、「OZAKIの遺志を継ぐモノ」を探す旅に出るかである。自分の場合は、3つ目の選択肢を選んだ。』と書いたことがあるが、今回紹介する2つのアルバムは、二つ目の選択肢と言うことになる。

 まずは、『ホワイトアルバム』の方から解説してみたい。1曲目の『もうお前しか見えない』は、記憶が曖昧だが、尾崎豊がデビュー前から持ち歌にしていた曲で、オーディションのときは『ダンスホール』『街の風景』とともに、この『もうお前しか見えない』か『野良犬の道(≒Street Blues)』を歌っていたと書いてあったと思う。『もうお前しか見えない』も、『野良犬の道(≒Street Blues)』も、デビュー後かつ生前には作品化されていない。

 2曲目の『町の風景』は、のちに『街の風景』として発表される曲で、「町」と「街」で感じが異なる。『町の風景』と『街の風景』を聴き比べると、前者の場合、「町の風にひきさかれ」と「舞い上がった夢くずが」の間に、間(ま)が入り、ギター弾き語り的なフォーク・ソング色の強い曲となっている。10代最後のライブ『LAST TEENAGE APPEARANCE』では、両者の中間型とも言える間(ま)が入って、バラード調の『街の風景』を披露している。

 3曲目の『Street Blues』は、どうも『野良犬の道』と呼ばれる曲と同じか、類似した曲のようである。歌詞の中に「バカさわぎするさ ケンカに なんぱ ぐちでもこぼして」とある通り、のちの『17歳の地図(SEVENTEEN’S MAP)』の元になった曲と思われる。かつて自分は、『17歳の地図』に登場する「17のしゃがれたブルース」とは、原田真二の『てぃーんずぶるーす』ではないかと推察したことがあるが、

https://blogs.yahoo.co.jp/musyaavesta/65196829.html

 単に、この『Street Blues』の歌詞とタイトルから移行しただけの可能性も高い。

 4曲目の『ダンスホール』は、デビューするためのオーディションで歌ったことで有名で、出来が良過ぎるため、歌詞もメロディーも自分で作ったのではなく、お兄さんか誰かが作ったのでは、と審査員から疑われたらしい。『町の風景(≒街の風景)』とともに、ギター弾き語り的なフォーク・ソング色の強い曲となっている。

 5曲目の『秋風』は、印象が薄い。フォーク・ソング色が強い。「ついていないおいらさ」の部分が『優しい陽射し』の「答えは育むものだと気付く」の部分を彷彿させる。あるいは、『街角の風の中』の「傷つかずにいるなんて」の部分か。

 6曲目の『酔いどれ』は、歌詞の中に『17歳の地図(SEVENTEEN’S MAP)』にも登場する「あぶく銭」が含まれている。「ああ 笑うがいい」の辺りの歌詞とメロディーは、『シェリー』との共通点があるかもしれない。

 7曲目の『弱くてバカげてて』も、印象が薄い。たぶん、須藤晃が聞いたらボツにするだろう。

 次に、『14歳の地図』の方を解説してみたい。総じて暗くて切ない選曲が多いことは、興味深い。1曲目の『.SYさん』は、因幡晃の曲。自分は今までの因幡晃の曲を全く聞いたことがなかったので、このたびオリジナル曲と聞き比べてみた。尾崎豊の声質と歌い回しが、かなり因幡晃の影響を受けていることに驚いた。中学生時代の尾崎豊の声は、因幡晃さだまさしで間違いない。

 2曲目の『雨やどり』は、さだまさしの曲。この曲は、以前から知っていた。尾崎豊佐野元春浜田省吾の影響を受けていたことは有名で、同様にブルース・スプリングスティーンジャクソン・ブラウンの影響を受けていたことも公言している。しかし、彼らの影響を受ける以前に、井上陽水さだまさし因幡晃の影響をここまで受けているとは、生前は全く知るよしもなかった。

 3曲目の『嫌んなった』は、憂歌団の曲。因幡晃と同様に、憂歌団の曲も自分はほとんど聞いたことがなかった。デビュー後の尾崎豊が「ロンックンロール」にこだわって、「ブルース」についてあまり発言しなかったのは何故なのだろう。「ブルース」は、『17歳の地図(SEVENTEEN’S MAP)』の歌詞にちょこっと登場する程度である。中学生の頃の尾崎豊の声は、澄んでいてハスキーではなく、やや細い。この『嫌んなった』には、不向きに思う。

 4曲目の『夏祭り』は、井上陽水の曲。これは、中学生としてはうまいと思う。デビュー後の尾崎豊の曲について、具体的にどこが井上陽水の影響を受けているのか指摘するのは自分には難しいが、やはり彼の底流に井上陽水と言う水は流れている。

 5曲目の『縁切り寺』は、さだまさしの曲。デビュー後よりも、この頃の方がさだまさしの声質に似ている。これも、うまい。デビュー後の尾崎豊は「フォークソング」を声高に叫ばなかったが、ロック調ではないバラード調の曲に、さだまさし井上陽水の精神が息づいている。結果的に息づいていた尾崎豊の方が、さだまさし井上陽水よりも先に息を引き取ったのは、皮肉と言えよう。

 6曲目の『流れにそって』は、オリジナル曲。それまでの選曲は、暗めの曲が多かったのに対し、やや軽快な短い曲。

 7曲目の『果てしない旅』は、オリジナル曲。『風にうたえば』と呼ばれる曲と全く同じ曲なので、注意が必要。尾崎豊ファンならば、聞いてすぐに気付くと思うが、のちに『シェリー』に変容していく曲。「何億マイルも走り続けるトラック」の箇所は、『シェリー』の「シェリー 俺は歌う 愛すべきもの全てに」とメロディーライン的に、完全に対応している。

 日本の純文学の偉人の場合、学者や評論家によって、死後に未発表原稿や書簡などが発掘されて、その影響や関連性を追求する土壌ができあがっているが、ポップスやロックのアーティスト、あるいは手塚治虫などのマンガ家については、現在発展途上と言ったところか。