読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

瑞泉寺 秀次悪逆塚

 下鴨神社を抜けてグリル生研会館へ。

 京都を代表する洋食店である。妙な名前なのは、生産開発科学研究所ビルの1階に入っているから。

 ハンバーグ&エビフライの看板メニューを味わう。

 それからバスで木屋町三条下ルの瑞泉寺へ。

 ここは豊臣秀次とその一族を祀った寺として有名である。しかし、なかなか公開がなく、去年の秋の特別公開でようやく入ることができた。

 1595年7月15日、叔父豊臣秀吉から謀反を疑われ、関白の職を剥奪されて高野山に追放された秀次は切腹した。そして8月2日、秀次の首が三条河原で梟首された際に、妻妾、幼児などあわせて39人が打首になった。秀次と一族は河原に埋められ、「秀次悪逆塚文禄四年七月十四日」と刻まれた石塚が設けられた。

 京都でもまれに見る残虐な事件であり、晩年の秀吉の狂気を示すエピソードとして知られている。

 さて、1611年、角倉了以高瀬川を開く工事をしているなかで、偶然発見された石に秀次悪逆塚と刻まれていた。角倉了以の弟である吉田宗恂が秀次に仕えていたこともあり、秀次の菩提を弔うために堂を営むこととし、秀次の戒名「瑞泉寺殿高巌一峰道意」からとって、瑞泉寺と名付けたのである。

 境内には豊臣秀次墓石(かつて秀次の首が入れられた石櫃)、一族の五輪卒塔婆、処刑の際に形状の一角に設けられていたとされる地蔵などが並んでいる。

 また、菊花文をセメントで塗りつぶした瓦などもあった。明治の廃仏毀釈の際に、天皇家にはばかって寺側が自主的に消したものという。