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恩田陸「蜜蜂と遠雷」に白けた

クラシックのピアノコンクールを舞台にした小説ということで、

恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」を、読んでいましたが、

途中で、白けてしまいました。

この本は、直木賞と、本屋大賞をとり、ベストセラーです。

「野だめカンタービレ」のような、一般受けする、分かりやすい小説なので、

一般うけは、すると思いますが、

私には、物足りなく、退屈でした。

クラシック業界の内部事情等は、書かれていて、最初は、面白く読めましたが、

(例えば、優秀な人は、音大に行かなくても、頭角を現す等)

「カルト脱出記」佐藤典雅著も、並行して、読んでいて、

この本の

「人生の答えを、他の人に、ゆだねた瞬間、自分の人生は、

なくなってしまう」

「答えとは、探すものではなく、創るものである」

という言葉を読んで、

クラシックのコンクールで、優勝をねらう、本の登場人物が、

つまらなく見えてしまいました。

そもそも、コンクールは、活気が落ちた業界の活性化と、話題作りです。

本が、売れなくなれば、新人賞を、あちこちの出版社が開催するし、

コンクールも同じです。

コンクールのドキュメントは、ドラマを生み、

話題作りになり、賞をとれば、注目を集めて、

宣伝になります。

つまり、コンクールって、単なるマスコミを利用している、お祭りで、

たとえば、有名なショパンコンクールで、優勝した人でも、

一時的に、人気が出て、コンサートの仕事が、わっとくるけど、

年数がたつと、ぱっと人気が、なくなる人もいます。

私見ですが、権威ある、賞をとった人だから、応援するとか、

テレビで、取り上げられて、有名人だからファンになるなんていう時代は、

近い未来には、終わってるような気がするのです。

自分の感性で、自分の答えで、それぞれの人が、

個々に、音楽の答えを出して、別に、賞をとろうが、とるまいが、

マスコミが、騒ごうか、騒ぐまいが、

ファンになったり、応援すれば良いと思うのです。

たぶん、今のような、マスコミや、権威に踊らされ、個々人が、

自分で、判断できない時代(自分の自分の答えを出せない時代)は、

近未来では、終わると思います。

蜜蜂と遠雷」に、出てくる、コンテストに挑戦する人は、

クラシックの大作曲家の曲を、賞賛していて、

たとえ、大作曲家でも、自分とは違う他者なので、

かならず、個と個のぶつかり合いがあるはずなのに、

そんな事は、まるで、存在しないかのように、

どこか、音楽に嘘をついている所が、

白けてしまいます。

ベートーベンだって、ショパンだって、たとえ、どんなに、優れた作品でも、

その時、その時で、譜面と違ったように、演奏してしまう事は、あるし、

その点は、作者の恩田氏は、否定してないけど、

でも、どんなに、偉大な人でも、全部が好きとか、全部が、自分と同じ感性なんて

ことは、ないと思います。

そういう意味で、私は、クラシック音楽は好きだけど、

個と個のぶつかり合いを、

音楽になきものとして、避けて、嘘をついている

未だに、クラシック業界に、はびこっている権威主義が、

嫌いです。

音楽の答えを、他の人(大作曲家や、著名講師や、コンクールの審査員)

に、ゆだねた瞬間、その人は、自分の音楽は、なくなり、

単に、マスコミや権威に都合の良い、音楽家を、演じているだけに、

なってしまうと思うのです。

確かに、名前を売るために、コンクールを受けるのは、否定しないです。

でも、どこかで、自分をしっかりもって、他の人に、自分の音楽を、ゆだねない、

強さも必要だと思うのです。

恩田さんの「蜜蜂と遠雷」の登場人物で、風間塵君というユニークな、

キャラクターがいますが、

私なら、塵君が、コンクールの曲に、のぞんだ時の、個と個のぶつかり合いの

葛藤も、かきます。

なにも葛藤もなく、単なる自然体の天才少年という、恩田さんの塵君の設定が、

うすっぺらくて、白けてしまうのです。

本では、塵君の演奏が、聴衆の感動をよび、

どんどん、ファンが増えたというように、なっていますが、

葛藤がなくて、個が弱い演奏家は、あまり、人を、惹きつける演奏は、

しないと思います。

だから、塵君のような、天然の葛藤のない、少年の演奏は、現実には、

あまり、人を、惹きつけない、可能性が高いと思います。

例えば、ドビュシーは、対位法は、禁則ばかりつかって、苦手だったりして、

コンクールの作曲では、無難な、ウケねらいで、作曲して、賞をとったりしてます。

ショパンは、晩年の作品は、気に入らなくて、遺作にして、世に出さなかったそうで、

例え、クラシック界では、名作として、あがめたてまつられていても、

本人は、気に入らない。

そのへんの、音楽家ならではの、葛藤が、恩田さんの作品には、希薄なのです。

ショパンドビュッシーも、個と個のぶつかり合いや、孤独に、かなり、悩んで、

葛藤が強い人だから、後世まで、名を遺したと思います。

「蜂蜜と遠雷」は、どこか、薄っぺらく、予定調和的な、ライトノベルを読んでるような、もの足りなさでした。