ブリカスは反省汁w

http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20120329/frn1203290722000-n1.htm

フォークランド紛争の勝利によってサッチャーは国民の絶大な支持を得た。

イギリス国民は自信を回復し、英国病を克服する原動力となった。

しかし、それでもイギリス国民は自らの近現代史に何となく自信を持てないでいた。

原因は当時の歴史教育にあった。

サッチャー改革の柱の1つに教育改革がある。

当時の教育行政は完全なる地方分権で、日本でいう教育委員会が実権を握っていた。

教育委員会には教職員組合が巣食い、組合主導の教育が行われていた。

ロンドン市ではトロツキストの過激な組合が教育を牛耳り、その結果、イギリスの植民地支配がいかに残虐であったのかをグロテスクなイラストで描いた教科書が横行していた。

サッチャーは3期目の1988年からの教育改革で教育の責任が国にあることを示し、教育界から組合の影響力を排除した。

歴史教育も先人たちの苦闘があって今日があるとする内容に改められた。イギリス国民は次第に贖罪意識を脱し、自信を回復していった。